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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12633号 判決 1971年12月21日

被告 東和信用組合

理由

一、原告がその主張の債権差押及び取立命令を得、その正本が昭和四三年一月一八日第三債務者である被告に送達された事実、被告が昭和四三年二月七日原告主張の相殺をした事実は当事者間に争いがない。

二、本件相殺が原告に対する関係で不法行為となるかどうかを検討する。

(1)  《証拠》によれば、被告秋葉原支店の従業員中田真一は、昭和四三年一月下旬原告代理人林忠康の質問に対し、「(イ)南欧印刷に対する債権は、手形貸付約金四〇〇万円であり、他に手形割引が約金六〇〇万円ある。(ロ)一方南欧印刷は定期預金金五五〇万円、定期積金約金二〇〇万円と他に若干の預金がある。(ハ)預金は全額担保になつているが、割引手形の従来の決済状況は良好である。(ニ)差押があつた以上、その解決がつくまで新たな貸付や手形割引は考えていない。(ホ)割引手形が落ち込んで担保が浮いてくれば支払ができるようになるから連絡する。」旨応答したことが認められる。

しかしながら、右の事実からは、被告が原告に対し、原告主張の相殺をしない旨の約定をしたものとは到底認められないし、少くとも原告に連絡しないで相殺することはしない旨を約したものとも認められない。

他に原被告間に原告主張の相殺をしない旨の約定が成立したことを認めるに足る証拠はない。

(2)  原告は本件相殺の意思表示は原告に対してなすべきであると主張するけれども失当である。

けだし、本件債権の取立命令は、債権自体の移転を生ずるものではなく、単に債権の取立権能を原告に付与するに過ぎないのであるから、本件相殺の受働債権の債権者は依然として南欧印刷であり、原告も、自己の名で債権を行使する権能を有する者であるという点から、同時に相殺の意思表示を受ける権能をも有すると解することが可能であるとしても、だからと言つて相殺の意思表示は原告に対してなされるべきであり、南欧印刷に対してなされたのは、少くとも原告に対する関係では違法であつて不法行為に該当するものとすることはできない。

(3)  被告が本件相殺をなすに当り原告に対し事前の連絡をなすべき義務のないことは先にみたとおりであるし、道義上はともかく、法律上原告に対し遅滞なく相殺した旨の通知をなすべき義務もないというべきであるから、被告から原告に対し支払拒絶の通知が発せられたのが本件相殺後二カ月を経過していたからといつて、本件相殺または右通知の遅滞が不法行為となるいわれはない。

(4)  被告が南欧印刷と通謀して、本件相殺により原告が損害を蒙ることを知りながら本件相殺をなしたとの事実については直接これを認めるに足る証拠はない。

被告が本件相殺をなすに至つた事情等についてみるに、《証拠》を総合すると、被告は本件差押及び取立命令送達の日である昭和四三年一月一八日当時、南欧印刷に対し、手形貸付金四一〇万円(元本金二一〇万円、弁済期昭和四三年一月一三日、利率日歩二銭八厘のものと、元本金二〇〇万円、弁済期昭和四三年二月一八日、利率日歩二銭七厘のもの)を有した外総計一三〇六万四三二二円の手形割引をしており(相殺時には金九七四万一〇七三円となつた。)、一方南欧印刷は被告に対し、定期預金金五五〇万円、定期積金金一九八万七四〇〇円、通知預金金二四万円、当座預金金二万三一一二円の各債権を有していたものであるところ、南欧印刷は、昭和四三年一月一三日に弁済すべき金二一〇万円の手形貸付金を弁済せず、被告は右手形貸付については過去少くとも三回にわたつて手形の書替をしていたことでもあるから南欧印刷に対し厳しく弁済を求めていたこと、その矢先に被告に対して本件差押及び取立命令が送達されたこと、南欧印刷は昭和四二年一月から約定の定期積金も怠つていたこと、被告と南欧印刷の間には被告主張の(二)の(1)ないし(3)の約定が存し、従つて被告は本件差押及び取立命令送達当時いつでも相殺をなし得る権限を有していたこと、被告は南欧印刷に対し本件差押の件を早く解決して貰わなければ困ると伝えたのに南欧印刷から経過の説明や報告すらなされないので本件相殺にふみきつたこと、本件相殺に当つて、帳簿上、当座取引契約の解約は本人(南欧印刷)の申出による旨記載されているが、実情は南欧印刷としては被告に呼びつけられていわばつめ腹を切らされたようなもので、本件相殺は南欧印刷の希望によつて行われたものではないこと、本件相殺は被告主張の(三)の債権債務についてなされたものであるが、相殺後も被告に金五九〇万五三〇七円の割引手形買戻金債権が残り、被告はその後昭和四三年三月二八日までの間に南欧印刷に順次これを買戻させたことが認められる。

以上の事情から判断すると、原告主張の通謀の事実は認めがたい。また、原告主張の(四)の(2)の事実を考慮に入れてみても右通謀の事実を認めるに足りない。

(5)  原告は、本件相殺は被告にとつて不必要な時期に行われたものである旨主張する。しかし、仮にそうだとしても、それだけで被告が原告に対して不法行為責任を負ういわれはない。

(6)  原告は更に、被告は第三債務者たる金融機関に信義則上当然要求される注意義務を怠り差押債権者である原告に不測の損害を与える時期方法において本件相殺をした過失がある旨主張する。

しかし、相殺の時期等について原被告間になんらの約定もなされていない本件においては、被告には原告主張のような注意義務は存しないというべきであり、被告は自ら自己の利害得失を考慮して相殺を行うべき時機を自由に判断決定し得るものであつて、相殺によつて原告に損害が発生したとしても、不法行為責任を負うべきいわれはない。

三、以上要するに、被告従業員が原告代理人に対し前項(1)に認定したような応答をしていた本件においては、被告の措置(原告主張の割引手形返還の事実が仮に存したとして、これを含め、)は原告に対してやや不親切であつたとは言い得ても、法律上不法行為責任を負うものとは認められない。従つて原告の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく失当である。

よつて原告の請求を棄却する

(裁判官 篠清)

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